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エピローグ



昔々、あるところに。
強くて勇敢な王子様がおりました。
王子様は国王様と王女様に、「魔女」について話を聞かされました。
「魔女は人間ではない。彼女たちは人を殺し、食している化け物なのだよ」と。

数年後、大きくなった王子様は、狩りにでかけました。
そこで出会ったのは、魔女でした。
魔女は怪我をしていて、動けませんでした。
王子はライフルを向け、彼女を殺そうとしました。
しかし、殺せませんでした。
魔女は痛みに震え、恐怖に怯えてました。

魔女は王子にキズを手当てしてもらいました。
怪我が治ったとき、彼女は言いました。
「次に会ったときは殺さない。その次は、殺す」
そう言って、魔女はどこかへ去っていきました。

そのまた数年後、王子様は再びあの魔女と出会いました。
魔女はあのときの約束を守り、王子様を殺しませんでした。
王子様は思いました。「また会いたい」と。
そして王子自ら、また魔女に会いに行ったのです。

魔女は、他国の姫であると身分を偽り、二人は結婚しました。
国王となり、王女となった二人のあいだに、子供が生まれました。
かわいい女の子でした。

しかし、その幸せも束の間。
王女が、魔女であることがバレたのです。
事実を隠していた国王様は処刑され、魔女は火炙りにされました。

残されたお姫様は、魔法使いに呪いをかけられました。
月明かりの光を浴びるとともに、彼女の体は踊りだし、日が昇るまで止まりません。
お姫様にもなれず、魔女にもなれず、国を追放され、独りで生きました。

「ローザネーラ」
それは、お姫様しか咲かせることのできない黒い薔薇です。
この薔薇を求めて、人は彼女を売り、買います。
ご主人様に虐められて、悲しい生活を送っていました。
何度目か分からないオークションで彼女を買ったのは、とあるヒットマンでした。
彼は他の主とは違いました。優しくしてくれました。
そしていつしか、二人は恋に落ちました。

だけど、幸せな日々を送っていたお姫様は、悪い人に連れ去られてしまいました。
ヒットマンは彼女を助け出しましたが、お姫様は大怪我をしていて、助かりませんでした。
それでも、お姫様は幸せそうでした。

ヒットマンは、お姫様を土に埋めました。
すると、どうでしょう。そのお墓から、ひとつの芽が萌えました。
やがてその芽は大きくなり、大木となりました。
世にも珍しい、バラの花を咲かせる樹となったのです。









繁々と生える雑草。まるでジャングルのような木々が視界を塞ぎ、熱帯の気候が人の体力を奪う。足場の悪い地。固有種が生息するこの森には、図鑑でしか見たことのない珍しい植物が存在する。
この森を越えると、綺麗な湖があると聞いている。夜になるとその湖は、魔女が作るスープのような不気味な色に染まるという噂がある。月明かりを浴びる水面は、無風でも波打つと言われている。
その大きな湖の中央に、ぽつりと立つ一本の樹。
その樹を一目見ようと、たくさんの人たちがここを訪れる。
何故、人々はそこまでしてこの樹を見ようとするのか――。

 

「間違いないわ。漆黒の樹に、赤い薔薇」

 

そこへ現れたのは、一組の男女。
ボートを漕いでたどり着いたのは、湖の中央にある小島。

「これが“ローザネーラの樹”か……こんなものが実在するたぁーな」

あろうことか、こんな場所に立つ樹の幹は墨のように真っ黒で、咲かせる花は赤い薔薇。
通常、薔薇というのは木ではなく、蔓植物。特異変異で育ったこの樹は、謎に包まれていて、科学的にはまだ何も解明されていない。
それが魅力のひとつであって、そして人々をここまで足を運ばせる最もな理由は――。

「この樹の下で婚約した恋人たちは、永遠の愛を手に入れられるそうよ」
「魔女の墓から生まれたジンクスとは思えねぇな」
「そうね」

先にボートから下りた男が、ローザネーラの地に足を着いた。恋人の手を取り、彼女をボートから下りるように促す。二人は手を繋いだまま、噂の樹に近づいていった。
普通の樹と大きさはなんら変わらない。登ろうと思えば、登れる範囲の樹だった。

「これが、ひいおばあちゃんが言ってた樹なのね」
「すげぇな。メアリーさんの言ってたことって本当だったんだな」

風に煽られ、樹から落とされた薔薇は、湖にも浮かび、幻想的な光景を生み出す。
二人は肩を寄せ合って、しばらくの間、その景色を眺め続けた。夕刻になれば、オレンジ色に染まった湖に流される赤い薔薇は、また別の情景を生み出す。そして夜になると、噂どおり、湖は青く染まり、不気味な景色を生み出した。
男は地に落ちた赤い薔薇を拾い、そっと彼女の左耳の上に挿し込んだ。

「アンタは美人だから、薔薇がよく似合うな」

男に微笑まれ、女もつられて頬を緩める。
恋人の手をそっと取り、男は彼女を見上げながら跪いた。

「……本当に、いいんだな?」

どこか戸惑った様子で、男は女に問う。
女は微笑み、迷いの無い瞳で。

「あなたの名前、誰が付けたの?」
「母親だ。女の名前なんだろ? 昔はよくそれで仲間外れにされてたよ」
「そうね。でも、“光と輝き”という意味を持つのよ。あなたは箱入り娘の私に、世界の素晴らしさを教えてくれた。誰がなんと言おうと、あなたは私にとっての“光”――」

女は手を差し出し、男も微笑んで、その手をそっと握り締めた。

「汝、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、これを愛しこれを敬い、これを慰めこれを助け、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓いますか?」

サァ――ッと、暖かい風が二人を包み込んだ。
ふわふわとしたショートな漆黒の毛並みが靡かれ、舞い散る花弁を浴びながら、彼女は頷いた。

「ええ、この命ある限り、死がふたりを分かつまで――」