「だ~か~ら~っ……!」
校舎に響きわたる女子の声。
煙ったい教室から飛び出た小野寺を窓に追い詰め、ずいっと身を乗り出しながら「校内では煙草禁止って毎日言ってるでしょう! もう何度言わせば気がすむの!?」と説教を始めた。張り詰めた廊下で、ひそひそと隣の友人に話しかける生徒もいれば、クスクスと含み笑いをする生徒も少々。
加えていたタバコを吸い、かったるそうに「あと100回」と言う小野寺氏。その言葉にしたがって「校内では禁煙校内では禁煙校内では禁煙校内では禁煙校内では禁煙――」と100回近く言い終えたところで小野寺が突っ込んだ。
「お前バカだろ。さすがにバカでもそこまで言わないと思う」
「なにをぅ! アンタが言えつったんでしょうがっこのエロ寺!」
「誰がエロ寺だ!!」
バシィッと美緒の頭を叩いた。「女を殴るなんてサイテー!」と言われようが、小野寺は特に気にせず、美緒をその場から追い出そうとする。
「この間も女子の更衣室覗いてたの、私知ってるんだからね。なっさけなく鼻の下伸ばしちゃって。しかも佐藤先輩に『静かにそして速やかに。いいものがありますよ!』って覗きを促してたじゃないの」
痛いところをつかれた。
真っ赤になった小野寺は「この間“も”ってなんだ“も”って!?」と、怒り混じりに美緒に問う。
「その前は、水泳の時間で水着姿の女の子たちをじーっとイヤらしく見てたでしょ」
前々回もその覗きを目撃されたようで、もはや小野寺は何も言えなくなった。誤魔化すように、新しい煙草をポケットから取り出し、口に加える。ライターで火をあてると美緒が即座にその手を叩いた。
「言ってるそばから何また火ぃつけてんの! せめて私の前では吸わないでちょうだいバカ寺のくせに生意気よ!」
「テメェこそ美緒のくせにいちいちるっせぇんだよ! オレが何処で吸おうがオレの勝手だろ!」
「ダメよ! 私、煙に弱いの。お肌に悪いのよ」
「知るか。お前の体質がわりーんだろ。恨むなら俺じゃなくて、テメェ自身を恨みな」
「私のこのプリティーな美貌を崩す外道はたとえ友人のアナタでも許さないわ」
「お前のどこが美貌なんだ。白すぎてサングラスかけなくちゃいけないほどウゼー皮だっての」
「なんですって~!」
「お前、厚化粧だからな。自称“ピチピチな肌”がパズルのように崩れ落ちればいい。化粧で誤魔化してるお前なんかより、自然肌のオレのほうが美貌と呼べるっての」
「厚化粧じゃないし! 今度アンタの携帯にダイナマイト仕込んでやるわ! そして愛しい佐藤先輩とメールのやりとりさせなくしてやるからね!」
「愛しいって……」
確かに親友ではあるが「ホモでしょアナタ達!」ホモじゃねぇんだよクソめ。
「テメェ犯されてぇのか! そのプリティーな肌を ピ――――ッ まみれにすんぞ!」
「私の美貌に手を出す気!? 佐藤先輩にアンタが更衣室覗いて鼻血出してるこのみじめな姿を見せてやるわよ。佐藤先輩ってば、絶対に絶望するわ」
そう言い、携帯を取り出した。画面には言葉通り、俺がみっともなく鼻血を流しながら女子更衣室を覗いている写メがしっかりと映っている。
「このアマ……いけねぇところにダイナマイト突っ込んでやるぞ……」
「うわ、最低! ほら見ろエロ寺じゃない! さっきだって私に ピ――――ッ まみれにするぞ、とか言ってたし!」
ぎゃあぎゃあと騒がしい中、「ハハ、また痴話喧嘩か。仲いいなお前等」と、佐藤先輩が登場。
「誰がコイツと!!」
「誰がコイツと!!」
同時に怒鳴る彼等に佐藤が笑顔で「ほら、異口同音」と言う。
「喧嘩するほど仲がいいって言うじゃん」
「フン、ダイナマイトな女を見るばかりのムッツリとそんな関係になりたくないです」
「オレだって、男より美貌が悪いからって馬鹿みてーに化粧してる女と仲よくなりたかねーよ」
互いがそれを聞いた瞬間、二人の間に火花が散った。
その様子を見てハハハと笑う佐藤は、「そういえば、もうすぐ文化祭だよね。美緒は何をするの?」と問うた。その話に、ピンッと耳を傾けたのが小野寺。
「甘味喫茶よ」
美緒のクラスで行われる、ただの喫茶店のようなもの。
「へえ、いいじゃん。俺、ぜひ行かせてもらうぜ」
振り返り「な? 小野寺」と真っ赤になって「なんでオレも一緒!? ぜってー行きません!」と全力で否定をする小野寺を誘う佐藤。美緒はというと、何故、佐藤がさっきから笑っているのかが理解できない様子。
「よし。じゃ、行くからな」
「ちょっと待て! アンタ人の話聞いてたか!?」
「素直じゃねーな小野寺……」
「オレは素直だ!!」
くすくすと含み笑いをする佐藤に、小野寺はわなわなと拳を震わせた。
「そういやあ、美緒。甘味喫茶で働くんなら、なにかコスプレでもするんだろ?」
その言葉にまた耳を傾けた小野寺。
「うんまあ。メイドだけど」
―――だってさ小野寺。
佐藤の心の声が聞こえたのか「何度言わせんだアンタ! 行かねぇつったら行かねぇ!」と怒鳴り散らした。わけがわからない美緒は「 ? 」を浮かべ、首を傾げる。そんな美緒を後にして、佐藤は小野寺を連れて手を上げた。
「じゃ、美緒。また文化祭の日までな」
「ちょ……っと待て!」
否定したことを受け入れていない佐藤に納得させようと叫び散らすが……。
「オレは絶対いかねーぞ!!」
無視され続けた。
「絶対いかねーからな!!」


 

そして文化祭当日。
「来たな。やっぱり」
満足気に佐藤がえばっているように見えた小野寺は無言で頬を紅潮させる。
「小野寺、美緒のこと気になってるもんな」
その発言にさえ、何もいえなくなった小野寺。はっきり言うと、これを楽しみにしていたのが小野寺の本音だということを見破っていた佐藤。小野寺のためというより、小野寺をからかうのが好きな佐藤だった。
冷やかすのに一番有効な人物といえば――。
「あれ? 隼人、来ないんじゃなかったの?」
やはり美緒本人なのだ。
小野寺は振り向いた。
紺色のドレスが似合うフリル付きの真っ白なエプロンドレス。レース付きのホワイトブリム。スカートは短くて、足がすんなり見えてとても眺めがいいと言える。さらにヘアスタイルを変え、通常のポニーテールではなく、きれいに下ろされている。
「……っ」
声にならない悲鳴を上げながら、じっと美緒のことを見ていた小野寺の様子がおかしいと気付いた美緒が「顔真っ赤だけど……熱でもあんの?」と問う。
「さ……佐藤さんが無理矢理連れてきたんだよ……」
あまり視線を合わせないように、目を泳がす。
「ああ、そういえばそんなこと言ってたわね。……ま、バカは風邪ひかないけどねえ」
カチンッときた小野寺は筋を浮かべるが、美緒に注文が入ったため、言葉を返す機会を失ってしまった。立っているのもなんなので、とりあえず2人は座った。客に呼び出される美緒をじっと、案の定、見ている小野寺。佐藤が注文をすると、美緒がやってくるので小野寺は何度も視線をそらすが、距離を置くと戻ってしまう。
「お待たせしましたー。チョコレートパフェになります。佐藤先輩、好きですねー?」
「ムース大好きなんだよ」
佐藤がパフェを頬張る中、肝心の小野寺は手を出すこともなく、中のアイスは溶けていくまま。やはりその視線は、美緒にだけ泳いでいる。
そのうち文化祭も終了し、後片付けが順調に進んでいる間、小野寺は例の喫茶店へ向かっている。もしかしたら、もう帰っているのかもしれないのに、何故か自然と足がここまでやってきた。
(こんな時間に戻っても……美緒はいねーよな。なのになんで来てんだよ、オレ)
とぼとぼと例の甘味喫茶に到着すると。
「……お前、まだ残ってたのか」
まさかとは思ったが……いた。
「うん。後片付けしなくちゃいけないから」
「一人でか」
「みーんな帰っちゃった。無責任なヤツらよね~。明日になったらボコってやるわ」
汚れたテーブルや床をメイド服を装備したまま掃除をしていた。テーブルを別の場所へ移動させようと、しっかり持ち上げ運ぼうとしたが、やはり大きさが半端ではないよう。
「あ」
そのテーブルを美緒の手から奪ったのが小野寺。
「いいよ、隼人は帰っても。一人で出来ない作業じゃないし……」
と、遠慮をしなくても良いと伝えても「……別にお前のためじゃねぇよ。俺、やることねぇから」とテーブルを運び続ける。その小野寺が照れくさそうに運んでいることを知らないのか、あるいは見破っているのか、美緒はふっと笑って。
「ありがと」
と、礼を言う。
「そういえば、余ったケーキがあるんだけど、食べる?」
「……」
冷めない頬の熱から理性が奪われていくようだった。小野寺は横目でチラリと美緒を見ると、素っ気無く「食べてやってもいい」と返した。「もう、素直じゃないなぁ」ケタケタと笑う美緒がケーキを取りに行く。
――言っとくけど、俺は“女の子”じゃなくて“お前”を見てたんだって。
悪いかよ。好きな女を覗いて。