俺、猫ってキライ。
猫はかしこい動物って言うけど、俺はそう思ってない。どっちかっていうと、犬のほうがかしこいと思う。猫は小さくて体がやわらかい。ただの捕食者で、キケンが迫ると尻尾巻いて逃げるし、好き勝手だし欲張り。言うことは聞かないし弱い。それにかえって犬は、ご主人さまの言うことはちゃんと聞くし、主を護るために戦う。体だって逞しい。
犬と猫は最大のライバルで、最悪の相性。
そこら辺で野良猫と出くわすと、当たり前のように猫は俺に威嚇してくる。









いつものように公園に遊びに行った俺は、砂場で一人遊んでいる女の子を見つけた。他のやつたちと混ざる様子もなく、少し暗い顔で砂のお城を作っている。
「おい」
遊びに誘ってみようと声をかけてみたけど、素っ気無くそっぽを向かれる。
「おい、聞こえてないのか。おいって!」
ツバを吐き出す勢いでしゃべり出すと、女の子はようやく顔を上げた。
「うるさいなぁ。知らない人に話しかけちゃダメなんだよ」
「一人で遊んで寂しそうだったから、親切にしてやってるだろ」
「遊んでなんて言ってないし。別に寂しくない」
そう言って、ぷいっとまたそっぽを向いた。そこまで言うならこれ以上構うつもりはない。俺はポケットからアメを出して、包みを開ける。その物音に気付き、女の子がまたこっちを見た。もごもごとアメを食べる俺を見てる。
「なんだ? 欲しいのか? やる」
俺はポケットから別の飴玉を出して、女の子にあげた。けど女の子は――。
「アンタ汚いからやだ」
「むかつくな、おまえ!」
公園でちょっと遊んでたから手が汚れてた。キレイ好きってこういうことなんだな。
「田舎がうつるから近づかないで」
坊主に鼻にバンソーコー。白いタンクトップに短パンにサンダル。虫取りが好きな俺はいつも網をと藁帽子を持ってる。田舎ものかもしれないけど。
「おまえはこの町のやつじゃないのか?」
「遠くから来た。おばあちゃんに会いに来ただけ」
女の子は面倒くさそうな顔をして、俺から逃げるようにして砂場から出て行った。女の子は公園でずっと一人遊んでたけど、それきり口を利くことはなかった。





夕方になり、家に帰るところで、泣き声が聞こえた。
そこへ行ってみると、さっき公園で会った女の子が電信柱の隣でメソメソと泣いてる。俺は女の子に近づいた。
「なんで泣いてんだよ」
「……」
「黙ってたらわからないだろ」
「うわぁ~ん」
「泣いてばかりじゃわからないって」
「ああああん」
なにを聞いても泣くばかりで答えてくれないから、俺は帰るふりをした。
「じゃ、帰る」
「あ……っ」
くるりと振り返って帰ろうとしたところを、女の子が背中に背負ってた網を掴んだ。
「なんだよ」
「……」
ポロポロと泣きながらずっと黙り込んだままだった。なにか言いたそうにしてる。
「……お」
「お?」
「お母さんが、いなくなったぁ……!」
答えた途端、スイッチが入ったみたいに大泣きした。
「母ちゃんとはぐれたのか? どこではぐれたんだ?」
「わかんない~」
「お前、自分ち分かるか?」
「わかんない~」
「うーん。困ったな」
そういえば遠いところから来たって言ってたな。分かるわけないか、こんな子供に。
「さっきまで、母ちゃんとどこにいたんだ?」
「駄菓子屋さん……」
「じゃ、そこに行くぞ。もしかしたらそこでお前を待ってるかもしれない」
俺は女の子の手を取って、ぐいぐい引っ張って行く。この近くの駄菓子屋さんなら知ってるから、そこに女の子を連れて行った。
よく行く駄菓子屋さんだから、てんちょーのおっちゃんとも仲がいい。
俺をみかけたおっちゃんはビックリしたように声をかけてきた。
「お、カン太。どうしたんだ?」
「こいつ迷子なんだ。ここで母ちゃん待ってもいいか?」
「ああ、さっきここで買い物してった子だな。お母さんとはぐれたのかぁ、可哀想に」
女の子は相変わらずグスグスしてて泣き止まない。目が腫れてきてる。
「おっちゃん、アメくれ」
小銭を渡そうとしたら、おっちゃんは「いらない」と言ってくれた。飴玉をいくつかタダでくれた。太っ腹だ。
「ほら」
「……」
飴玉を女の子にあげる。
そういえば、さっきは「手が汚い」って言われて受け取ってくれなかったことを思い出した。また「いらない」って言われるかもしれない。俺は手を引っ込めようとしたけど、女の子が手を伸ばした。
今度はちゃんと受け取って、食べてくれた。
俺たちは駄菓子屋にある椅子に座って、女の子の母ちゃんを待った。
「泣くな。泣いたら母ちゃん来ねぇぞ」
汚い手でごしごしと涙を拭いてやる。女の子の顔は少し泥だらけになった。
「もう暗くなっちまうな。カン太、この子は俺が警察に届けるから、お前さんは家に帰りな」
「こいつの母ちゃんが来るまで、もうちょっと待つ」
そう言うと、おっちゃんは「少し涼しくなってきたら中で待ちなさい」と言って、俺たちを家の中に入れてくれた。ジュースとお菓子も用意してくれた。俺はそれを見てテンションが上がったけど、女の子はまだしんみりしてる。
俺はカゴの中の菓子を一枚取って、女の子に渡そうとする。
「せんべえ食べるか?」
「……いらない」
「まんじゅうは?」
「……いらない」
「かりんとうは?」
「……」
俺の押しに負けたのか、それともかりんとうは好きなのか、女の子が手を伸ばす。ポリポリと小さな口で食べ始めた。俺もかりんとうをバリバリ食った。
特にしゃべることもなく、テレビを見て時間が経っていった。
――しばらくして。
「お嬢ちゃん、お母さんが来たよ」
「……!」
「ほんとか!?」
女の子の目が輝いた。さっきまでのしんみりが嘘みたいに、バタバタと玄関へ向かった。
俺もその後ろをついていくと、確かにそこには女の子のお母さんが心配した顔で立っていた。
「お母さん……!」
「ああ、よかった無事で!」
二人はぎゅっと抱きしめ合う。女の子は安心したのか、また泣き出した。
空が暗くなった頃、女の子のお母さんは俺たちにお礼を言って頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
女の子のお母さんはそう言って、俺とおっちゃんに手を振った。これから元来た場所に帰るらしい。つまり遠くへ行っちゃうのってことか。結局、最後まで女の子と仲良くすることはできなかったし、女の子も俺にお礼を言うこともなく、お母さんと一緒に手を繋いで行ってしまう。
そう思ったとき、去り際に女の子がこっちを振り返って、力なく手を振ったのが見えた。
「エライな、カン太。お友達を助けてやって」
「友達じゃねぇよ」
「え、違うのか?」
「そういえば名前、聞いてないや」
「この辺の子か?」
「遠いところから来たって。たぶん、もう会えないと思う」
考えてみれば、あの女の子、ちょっと猫っぽかったかもしれない。
どんなに獰猛な動物でも、自分が助けられていると感じたときは大人しくなるらしい。猫も確か、難しい性格はしてるけど、心を開いた人には甘えるらしい――。
名前、聞けばよかったな。