世界中の良い子の皆さん、いいですか。
いくら怒りが爆発したからって、無鉄砲に物を投げて相手を痛めつけては駄目ですよ。なぜなら、物によっては物騒な器具だったり、対して痛そうじゃないものに見えても、実際には刺さったりして血が出ちゃいますからね!
例えば、この女のように!

「見付けたわよぉ~……」

肩にトントンと、その武器らしきバットを叩きつけながら、俺を睨み倒す女。
そのバットには、釘が何本が突き刺さってて、見るだけで痛々しく、そんなもんで殴られれば一溜まりもない。
まあ、この女の怒りの原因ってのは――。

「パンツ返せゴルゥアアアア!!」

……俺なんだけどね。



「もう! いい加減にしてよね!」

現在地は校内の誰もいない倉庫。
口から火を吹きながら腸が煮え返るこの女の名は「菊池美羽莉」。
見事、この女の金具でボコボコにされた俺の頭は血だるまに。
まあ、さっきも言ったように、原因は俺なんだが。俺が、あいつのパンツさえねこそぎ持っていかなければ、こんなことにはならなかったはずなんだ。
けど、ドスケベな俺に、「パンツを盗むな」と言うほうが無理な話だ。
何故なら俺は、スケベ心全開でいつも生きてきた。
趣味はパンツ泥棒。コレクションは女の子の下着。
高校二年生という性欲に最も過敏になる年頃になると、エロに対する衝動が止まらない。
しかしながら、パンツを盗み取るという行為は、非常に危険なことであり、下手をすれば命を落とし兼ねない。
何故なら、女というのは、今俺の目の前にいる女のような、下着を奪われて己の中に潜む野獣の性質を剥き出しにして変貌する女は多々いるからである。下着を奪われただけで己の全力を発揮できる生き物なのだ。

「女子更衣室を覗いたり、女子便所を覗いたり、女子のスカートの中を覗いたり、アンタいつからそんな覗き魔になったのよ」

「いつから」。
なんて言葉は、俺のことを相当深く知りこんでいるヤツじゃなければ言えない一言だ。
そう、この女。美羽莉は。
俺の幼馴染なのである。

「物心ついたときから」
「言い訳するな!」
「ひぃぃいいいい!」

しゃーっと蛇のように舌を吐き出して、バットを振り回し、俺に威嚇する。
俺を容赦なくボコボコにする美羽莉に、涙目で、殴られた場所をさすりながら。

「お前! 本当に俺の幼馴染なのかよ!」

と、怒鳴り付けてやった。
本当に信じられない。
一緒にお風呂に入っていた頃の間柄は一体いずこへ……。
その時の昔の記憶は未だに焼き付いているというのに……。
美羽莉は、物思いにふける俺の襟首を掴んで、牙を向けながらドス暗いオーラを放っていた。

「ああ、そうだよ! なんだ、アンタの可愛い幼馴染が人間離れした鬼女へと化したことがそんなに不満か!」

そうなんだ。
実はこいつ、何年か前までは、すっごい可愛かったんだ。
いや、今も細いし、愛くるしいし、顔は可愛いんだけど。
今は可愛くないみたいな言い方を、ついしてしまったが。

「アンタが悪いんでしょ!? 女子が黙って男の欲望に応えるはずがないじゃないのよ!」
「ああ、三年前までは、あんなに可憐で、クラスのモテモテのアイドルだったのにぃいい!」

そうなんだ。
こいつは「アイドル」と言われるほどの座を誇ってるんだ。
何を着ても似合うほっそりとした体に、子顔で目が大きくて、髪を下ろそうが、髪を結ぼうが、何をさせても可愛くて可愛くて、明るくていつも元気で、誰とでも気軽に接することができて、美羽莉に憧れない男はいなかった。
なのに、いつからか、相変わらずキュート極まりない風貌を保つのに、中身は、地獄から這い上がってきた鬼のように変貌してしまって、そのギャップにやられてしまい、ファンが減少してしまった。
中には、逆に、そのギャップに萌え~とか言うやつのファンが増えたりはしたが。

「そんなアイドルの幼馴染をやっている俺はめっちゃ美味しい男だったんだぞ!」
「知るか!!」

バシッと、平手で額を叩かれた。

「なんだよ、どーせ小さい頃から一緒にご飯食べたり、一緒に寝たり、一緒にお風呂にまで入ってたんだぞ。パンツくらい良いじゃねーかよ」
「思春期真っ只中の年頃でセクハラが良い訳あるか! 大体、いつの話だ!」
「にしても、お前のオッパイは立派になったよなー。三年前までは平たい小皿みたいな――」

って、ふざけて言ったら、今度は平手じゃなくて、グーで俺を殴った。
貴重な顔をグーで殴りやがったわ、この子……!

「いってぇな!」
「痛くて当然だ!」

それでも俺は懲りずに。

「あれから、まだ一度もお前の生乳を見てねぇよ」
「見る必要なんてないわ! あれからっていつからだよ!」
「小学二年生くらいからかな。ってことで、見せろよ」
「どさくさに紛れて何を言い出すんじゃたわけがぁ!」

平手の次は拳。
拳の次は蹴りだった。
別に、殴られることが嫌なんじゃない。
生きている以上、痛みや辛さは付き物だ。困難を乗り越えた後の快感は、それはそれは口では説明できないほどの気持ちよさらしい。
よっては、俺は美羽莉を説得し、脱がすことで、俺のこの厳しい道のりの達成を得るのだ!
人目だけでいい。一度だけでいい。一瞬だけでいい。その後、煮るなり焼くなり好きにするがいい。
俺は、美羽莉の全裸をこの目に収めたい。この止まらない衝動を押さえ込む為にも!

「俺は、アイドル美羽莉の幼馴染として、今までどれだけ美味しいポジションに付いていたか、お前には分かるまい!」
「分かりたくないわ! そのドスケベさも程々にしなさいよね! 今度また変なことをしたら、ただじゃ済まないわよ!」
「変なこと……って?」
「言わす気かテメェ!」

ま! “テメェ”って言ったわよこの子!
そんな可愛い顔で“テメェ”だなんて下劣な言葉、お母さん悲しいわ!(母さんじゃねぇし)
なんかさー。可愛い女の子が怒るときって、俺てっきり、「もうっ! あんまり悪戯すると美羽莉、怒っちゃうぞっ」とか、ぷくーってほっぺた膨らましてるイメージだったんだけどなあ。
アイドルなんて名称、こいつは気にしてないのかもしんないなあ。
それはそれで、なんか燃えるし、萌えるよね。俺ってポシティヴ?

「そんなことより、早くパンツ返しなさいよ!」

あ、そういえば、まだ返してなかったんだっけ。

「嫌だって言ったら?」
「ブラのほうを返せ」

え……なんでブラまで盗んだこと知ってんの?

「な、なんのことかぁ~?」
「しらばっくれるな!」
「むぅ~。新しいの買ってやるから、盗んだヤツは俺にくれよ」
「ブラは男が思ってるより結構高いのよ! それに、それは気に入ってるヤツなの!」
「へえ。美羽莉自身も気に入ってんの? だよなぁ、あんな可愛いブラだもんな~」
「やっぱり? でも割と高くて、買うか買わないか悩んだんだ~」

照れながら、へにゃ~っとした顔で自慢してくる美羽莉。
キャラが急に変わってしまったが、このまま逃げることが出来れば俺の勝ちだ。

「買って正解だよ。美羽莉のことだから、きっと似合うんだろうな~」
「でしょ~? ……って、良くないわ! さっさとブラ返せ! パンツも返せ!」

うおう……ノリツッコミとかやるんだな、こいつ。意外だ。

「ちっ……じゃあ、返すから、代わりに生乳見せろよ」
「どんな取引だ! 交渉成立できると思うな!」
「じゃあ、返さない」
「和也テメェ、今の私の状態が分かって言ってんのかあああ!?」
「分かってるよ。ノーパン、ノーブラなんだろ?」

そう。俺は、ちょっとフザケてて、美羽莉のパンツを脱がしてしまったのである。
幸い、俺達の学校の女子の制服はスカートの丈が長いから、生尻は残念ながら見ることはできなかったが。
ちなみにブラをどうやって盗み取ったのかは、読者の想像にお任せするぜ。

「分かってんならパンツ返しなさいよ! スースーするし、これじゃあ恥ずかしくて上手く歩けないじゃないの!」
「じゃあ、パンツは返すから、せめてブラのほうを俺にくれ。これで文句なしだ」
「アンタってヤツはぁ~……どんだけ私の下着が欲しいのよ! 理不尽にも程があるわ!」
「俺は、パンツを差し出す代わりにブラをくれと言っているんだ。等価交換だぞ。ズルイことは一切してない」
「人の下着を泥棒したところで十分ズルイし、立派な性犯罪行為だっつーの!」

これ以上、美羽莉を弄ぶのは、本人が可哀相なので、パンツは素直に返してやった。
いそいそと倉庫でパンツを履く美羽莉の姿はレア物だった。くそっ……デジカメでも持ってくりゃ良かった!

「全く……なんでこんな風に育っちゃったのかしら」
「お前の胸が?」
「お前だよ!!」
「スケベ心は男の性だ」
「度を越すぎてるだろ!」

実のところ、俺はこの女に気がない訳ではない。
可愛いのは事実だし、黙っていれば、清楚で元気な女の子なんだ。
生まれた頃からずっと一緒にいた幼馴染の俺にとって、成長する美羽莉の体や顔つき、そして変わっていく性格だってずっと側で見てきた存在。
小さくて無邪気で我侭だった美羽莉は、今、おしとやかで清潔感溢れる優しい女の子に。成長するにつれて、膨らんでいく胸や、形のいい尻。お洒落に時間を掛け、いつも以上に可愛く見える美羽莉という名の人間。
今日のツインテールも、小学生だった頃のあどけなさをイメージしているかのように見える。
小学顔で、高校生の制服を着ている美羽莉は、まさに萌えをアピールするアイドルそのものだった。

「言っとくが、俺が盗む下着は、お前のだけだぜ」
「真顔でそんなこと言われても全然格好良くないし!」
「だって、他の女の子の盗んだら、どうなるか分かんないし」
「既に私にボコられてるんだから、誰のを盗んだって同じよ」
「お前は異性だからそんなことが言えるんだ」

俺が他の女の子の下着を盗んで、本人がそれに怒り狂って、お前みたいな鬼のような人格に変わってしまったら、俺はそのギャップによって絶望して死んでしまうかもしれないんだぞ。なにせ、俺は可愛い女の子の下着しか狙わないから。
――って、髪の毛をかき上げて、ちょっと格好付けて言ってみたら、美羽莉が倉庫にあったバレーボールを手に取って俺にサーブを仕掛けてきた。
ボールは見事に俺の股間に的中。
ヒィヒィと喘ぎながら、俺は俺のおいなりさんを両手で握り締めていた。

「ふぉおおおお……!」
「私以外の女子の下着も付け狙う気か!」

股間を使えなくするつもりか、この女は!
危うく、俺の息子を粉砕されるところだったぜ……。

「エロ雑誌でも見て勝手に欲情するならともかく、女子の下着なんか盗んだりするなんて……」

なに!? こいつ、“エロ”って言ったぞ!? “欲情”って易々と言っちゃったよ!?

「やめてくれぇぇえええ! お前の口からそんな卑劣な言葉は聞きたくなあああああい!」
「お前、私のことをどういう風に見てんのよ……人を勝手にアイドル呼ばわりまでして……」

そう聞かれるや否や、股間の痛みが一瞬で消え去ったかのように感じ、俺はすくっと立ち上がった。
つかつかと美羽莉に歩み寄り、「な、なによ……」と、うろたえる美羽莉の両手を掴み取る。

「お前、まさか自覚がないのか!? そんななりして、少しも自覚がないなんて、後で痛い目見るぞ!」
「もう既に、お前のせいで見てるんだけどね。さっさとその手を放せや。私に八つ裂きにされる前に」
「いや、放さない! 何をされようと、どうなろうと、お前を手放さない! お前は俺のものだ!」

もはや、美羽莉は俺の熱い魂を目の当たりにして、引いてしまっている。
それでも俺は、どんなに美羽莉に軽蔑されても、俺の熱き思いを語る。

「俺は耐えられない。俺以外の男に、お前が付き合ったりするなんて……俺だけが知っている、お前の素顔を、他のヤツ等に見せるなんて……俺は耐えられないぞ、美羽莉!」

お? 心なしか、美羽莉の表情が和らいできている。
ふっ……俺の格好良さにときめいちまったのか?(←)

「……和也」

ほらほら! 何かと、いい雰囲気じゃね? いい感じじゃね? あともう一押し!

「お前の裸を他のヤツに見られるなんて、父さんは許さんぞ!」
「目的はそれか! いつから私のお父さんになったんだ貴様は!」

ドカッと、再び股間を打撲した。
俺は、「ひぎゃああああ!」と奇声を上げて、プンプンと怒った美羽莉に放置され、倉庫の鍵を閉められ、放課後までそこから出ることはなく、暫くは閉じ込められてしまった。
その放課後になって、やっと倉庫から出ることに成功した。
我ながら、忍者のような技術で脱出を心みたが、まさか本当にうまくいくとは。俺はスパイにでも向いてるんじゃないだろうか、と自分の能力を自画自賛。
……とまあ、そんなことは置いておいて。
あのアイドル美羽莉め。
アイドルだからって容赦はしないぜ。
幼馴染のささやかな復讐をとくと味わうがいい。
放課後は部活に出る美羽莉の様子を、俺は双眼鏡を手にしながら、遠くからヤツの様子をずっと眺めていた。
もちろん、更衣室で制服から体操服に着替える姿も、しっかりとこの目に記録しておいた。ついでだから、美羽莉以外の女子の下着姿も、鼻の下を伸ばしながら眺めていたのだった。
くっ……この快感を、俺の同志達と共に味わうことが出来るなら、もっと良いだろうに! 一人で寂しく双眼鏡で女の子達を覗くなんて、寂しすぎるだろ!
けど、ここの男子共は、美羽莉が言うエロ雑誌を眺めながら欲情する連中ばかりで、命を捨てる覚悟が無いのである。
己の命を削ってでも、同じ年頃の女子の肌などを生で見ることこそが、少年心の熱意ではないのか! 俺は見損なったぞ同志たちよ!
俺は、俺は雑誌という偽者の女の裸を見るために、お前達を育てたのではない!(いつ育てた)
健全なる魂は、健全なるエロス! エロスばんざーい!
何が悪い。こういうことを求めて何が悪い。
駄目だと言われても、止まらないものは止まらない。
エロスは男の性なのだ。この性を捨てることが出来るのなら、俺だって苦労はしない。
女子には分からないのだ。
分かるはずないさ。
男の、この気持ちが。
だから、俺は美羽莉に理解してもらわなくてもいいんだ。
なにせ、美羽莉はアイドルだし、女にとってエロスとは汚らわしいものなのだ。
それは、分かるさ。俺は分かる。女がエロスを拒否したい気持ちが。
ならば、俺は何に対して、こんなに燃えているのかと言うと、実のところ、美羽莉のああいう姿を見るのも悪くはないと思っているのだ。お淑やかなのに、あいつの怒り狂う姿は、可愛さのカケラもないが、同時に新鮮なのである。
いや、俺ね、女の子は大好きだぜ。可愛い女の子は。
けどね、アキバ48みたいな、ああいうのはあんまり好まないんだよね。
なんつーか、可愛さだけでやってまーす★的な。あくまで俺の偏見なんだけど。
それと違って、可愛いのにキャラ崩壊をまるで気にしていない、美羽莉のあの気質? 可愛さだけじゃなくて、面白さも兼ねてる的な?
そういうとこ、惹かれるんだよなー。
は……! そうか、俺ってマニアックだったんだな!(←)
けどさ、こういうのってテレビ番組でも無い?
豪華な俳優さん達がさ、映画やドラマの撮影ばかりやってるんじゃなくて、バラエティー番組にまで景気よく出演してくれる的なパターン。
なんかさ、気取ってる訳じゃないってのが滲み出てて、高感度アップする~みたいな?
そんなこんなで、俺は美羽莉のストーカーを、この日、始めたのだった。
更衣室から出て行った女子達を追い、体育館へ向かう。
美羽莉の部活はバレーボール。
あいつはバレーボール部のエース。
そりゃ、あんなサーブ打てるもんなあ。

「きゃ~! やった~!」
「美羽莉のサーブはやっぱすっご~い!」

きゃっきゃと騒ぐ女子達は、やはり可愛い。
美羽莉も、金属バットさえ手にしなければ、やはり普通の可愛い女の子である。
部活の後の更衣室も覗き、俺は今日、ストーカーとしての初日目を終えた。
こうして、今日の一日を終えた。
翌日、ストーキング二日目の朝を迎える。
もはや、自分で自分をストーカー呼ばわりしているからには、既に犯罪者であることを自ら自覚しているのだが、俺のため、そして美羽莉のために、今日もストーキングを続ける俺。
美羽莉の弱点などを探し求め、俺は何日も美羽莉の後を追っていた。学園に滞在している限りは。
今日の二時間目を終えた後、美羽莉は一人、生物室へ向かった。
もちろん俺はその後をついていく。ストーカーだから。
美羽莉が、校歌を口ずさんで、水槽の中の魚達に餌をやっていた。
そうさ。アイドルらしい。動物大好きな美羽莉。犬だろうが猫だろうが虫だろうが魚だろうが、生き物は大切に扱うのである。アイドルなのに昆虫とか、この上ない感動だぜ。
俺は美羽莉のその愛情に感心を打たれ、後ろからそっと抱きしめてやろうと思って、静かに近づいた。
そろり、そろりと、忍び寄る。
美羽莉には、まだ気付かれていない。この調子で、両腕をあいつの体に巻きつければいいんだ。
だが、ふとした瞬間で、俺のスケベ心が働いてしまった。
今日もツインテールを束ねている美羽莉の、うなじを見て。
色白くて、キレイなうなじだった。
俺は……俺は……欲望を抑え切れなかった。
読者の皆は、おそらくだが、こう思うだろう。
俺がこいつの胸を揉みながら「ひーばーりー!」って驚かすとか、うなじに疼いた訳だから、うなじを舐めるとか。だが、俺は極度のドスケベだぞ。そんな甘ちゃんじゃないんだ。
広げた腕を咄嗟に縮め、両手を合わせながら両人差し指を突き立てた。
さっとしゃがみこんで、人指し指を――美羽莉のケツに向けた。
小学生の頃、よくやってやったもんだよ。

「ひゃあああああっ!?」

手に持っていた魚の餌をボトボトと地面に落とした頃に、指を抜いてやった。
どうやら、犯人が俺だということを、直感で気付いたみたいで。

「こ……こ……」

わなわなと拳を震わせながら、振り向いた。

「このクソエロド変態野朗があああああ!!」

近くにあった空っぽのデカイ水槽を持ち上げ、俺の脳天に振り下ろしてきた。

「この年でカンチョーって小学生か貴様はああああ!!」

アイドル女子とは思えない、野太い声を発しながら、美羽莉の脳天に角がにょきっと生えた。

「テメェとは二度と口利いてやんねぇよ! 死ね! 死にさらせクソ野朗が!」

ヤンキー口調で俺を罵った後、美羽莉はケツの痛みに耐えながら生物室を出て行こうとした。
俺はさすがに今回は、いつも以上にオフザケが過ぎたと反省し、美羽莉の手首を掴んだ。

「確かに、さっきのは悪かった。つい、幼い時の頃を思い出して」

普通、カンチョーなんぞされた女の怒りは、そう簡単に収まるものじゃない。
そう覚悟はしていたものの、意外にも美羽莉は、憤慨しながらも話は聞いてくれた。
……天使か、お前は。
それとも、幼馴染の特権だろうか。

「なんか、お前、最近、相手にしてくれないし、俺のこと忘れてるんじゃないかって気がしてさ」

相手にされていないのも、寂しいのも事実だぞ。嘘は言ってない。

「それに、近頃のお前、なんか疲れてるように見えるんだ」

これは、はっきり言って嘘だ。カンチョーの言い訳を加えただけの嘘だ。
けど、この言葉が、意外にも美羽莉の弱点を突いてしまったようで。

「……分かるの?」

と、まさか本当のことを言い当ててしまうとは。
真剣な目で俺を見上げる美羽莉に、「お、おう……」と、知ったか振りをした。
美羽莉は、不安げな顔を浮かべて、語り出した。

「実は……誰かに見張られているような気がするの」

ギクッ!

「昨日から」

ギクギクッ!
まさか、俺のストーキングがバレたのか!?
しかし、美羽莉はその正体をまだ掴めていなかった。

「まさか、今ハヤりのストーカー!? どうしよう! 和也、私どうしよう!」
「お、落ち着けって……大丈夫だって……」

俺にすがり付いてくる美羽莉は超カワイイ。
あの鬼の形相がどこへと言わせるほど、目を潤ませて焦るところは実にカワイイ。
けど、こんな美羽莉を見たことはなく、俺はさすがにカンチョー以上にお遊びが過ぎたんじゃないかと反省し、本当のことを美羽莉に話そうと思った。
殴られる。確実に。怒られる。絶対に。
その上、嫌われるかもしれない。
幼馴染にこんな怖い目に遭わせたのだから、当然の報いだが。
でも、それでも俺は美羽莉の恐怖心を消し去るため、覚悟を決めた。
そのとき――。

「あれ? 美羽莉と和也じゃん。何してんの?」

クラスメイトの浩也がやってきた。
俺の親友であり、相棒である。

「浩也くん、どうしようっ……私、狙われてるかもしれない!」

わんわんと、浩也に今の現状を伝えた。
すると――俺ですら知らなかったことが、明らかになった。

「しょうがねぇだろ。お前は、この学園でのアイドルなんだぞ」

サラリ、と、屁理屈を言い切った。

「どういう意味?」
「どういう意味って……お前、モテるだろ?」
「…………」

こういう事実を肯定しないのも、なんか良いよね! 照れ隠しってやつ?

「何だ? お前、知らないのか?」
「何を?」
「密かに、お前のファンクラブが結成されたの」

空間がピシッと張り詰め、10秒ほど遅れてリアクションを取ったアイドルは、「ええええ!?」と、青ざめ、頭を抱えながら声を張り上げた。

「どーりで最近妙な気配が背後に伝わってくるわけだ……!」
「え……本当に、今まで知らなかったのか? 俺はてっきり知ってて、カマトト振ってんのかと……」

そりゃあ、ビックリするだろうよ。
俺だって知らなかったもん。
美羽莉のファンクラブがあったなんて。
けど、これはチャンス? 俺のストーカー行為がバレない為にも、ここは浩也のヤツを利用して、美羽莉を護ってあげる素振りをするか。
そうすれば、美羽莉も俺の魅力に気付いてくれるかもしれない。
「ありがとう、和也。お礼に、和也のお願い、なんでも聞いてあげる」とか、言ってくれるかもしれん!
どうしよう。そんなこと言われたら。俺、なんてお願いしちゃおうかな。美羽莉ってケチなところもあるから、きっとお願い事は一つしか聞いてくれないだろうなあ。
ああ、どうしよう。
「私の柔らかいところ、全部、触っていいよ」とか言ってきたら!
俺、マジであいつの柔らかいところ、全部、揉みしだきそう。
「私、和也のお嫁さんになる」とか、小さい頃言ってくれことを実現させてくれたりとか。いっそのこと、夫婦にさえなってしまえば、何でも有りだもんな。
……って、よくよく考えたら、美羽莉に限ってそんなことは一切無いよな。
さらば、マイ・ドリーム・ネバー・カム・トゥルー。

「休み時間や放課後に、ずっとお前について語ったり、中にはカメラマンが居て、お前を隠し撮りしてるって話があるぞ」

俺が勝手に一人妄想しているとき、浩也のヤツが色んな事実を暴露していた。

「もっと酷いのはお前のことを考えながらオ○ニーする輩も――」
「今からその人たちを殺してくるわ」

美羽莉の「裏の顔」がさっそく登場。

「そうか、じゃあ、あのときの電話もそのうちの一人なのね」
「あのときの電話?」

俺は首を傾げて、美羽莉に問いかけた。
どうやら、悪戯電話か何かで、「はぁはぁ……ねえ、君のパンツ何色?」と聞かれたらしい。
いや、多分、それ、本気で美羽莉のパンツの色を知りたくて掛かってきた電話だと思う。根拠は無いが、自身があった。
美羽莉は、例の金具を持ち、何処から仕入れたのか、手榴弾をいくつか手にして、終いには腰に鞭を引っ掛けていた。
腰にしているものが気になるが、(女王様にでもなるつもりか)そんな美羽莉を後ろから止めようとする俺。

「待て美羽莉! 早まるな!」
「は~な~せ~!!」

もう既に目がイってしまっている。

「マヂで殺す抹殺する害する打ち殺す撲り殺す押し殺す踏み殺す絞め殺す噛み殺す刺し殺す突き殺す切り殺す射殺す撃ち殺す焼き殺す焙り殺す呪い殺す打ち止める殺傷する殺害する殺戮する惨殺する虐殺する毒殺する撲殺する殴殺する圧殺する絞殺する縊殺する扼殺する刺殺する斬殺する射殺する焼殺する屠殺する!」

こ……こわっ! なんだよ、こんな美羽莉は見たことがないぞ!
目がビカビカ光ってるよ髪の毛がユラユラ泳いでるよ牙が生えてるよ口から「ケケケケ」ってものすごいドス黒い声が発されてるんですけど怖いんですけどマジで。
何この子、生まれて初めてだよ美羽莉のこんな顔。
“マジで”が、“マヂで”と変換されていて、これは即ち今の美羽莉の怒りは、言葉の文字を言い間違えてしまうほど激怒しているということだ。
そして、次の瞬間――。

「美羽莉ちゃ~ん」
「美羽莉ちゃ――ん!」
「今日もカワイイー!」
「一緒に写真撮って~」
「サインちょーだーい」

ドドドドドドッと、地震を起こしながら全力疾走で駆け寄ってくる集団が目に見えた。
美羽莉が、その声と姿に、ゾッと背中を震わせる。

「こ……これだ! この気配だ! 後ろから体全体に漂ってくる、ラブ気配……!」
「こっ、こんなにいたのか!?」

涎を垂らしながら、鼻の下を伸ばすダラシがない者も、ハァハァと荒い息をする危ない者もいた。
美羽莉は、悪寒に悪寒を覚え、頭の天辺から足のつま先にまで鳥肌が立ち、頭の中が真っ白になってしまった。

「な……なんちゅー連中だ……」

まあ、気持ちは分かるが……。
ファンクラブの者は、「生美羽莉ちゃん最高だ!」「美羽莉ちゃん萌え~」「今日のパンツ何色?」などと、美羽莉には絶対に言ってはいけない言葉を美羽莉に散らつかせた。
あまりのショックに美羽莉は、「あっ……あああ!」と、泣きそうな顔を浮かべる。
確かに、これはちょっとキツイかもな……ドンマイ、美羽莉。

「ああっ美羽莉ちゃん! 俺たちの存在を拒否するそのノコギリのように鋭い眼差しが俺らのハートに矢を100本も打つんだよ! その上、その言葉の切れ味がとても鋭い時もあれば、マシュマロのように甘くて柔らかいところで堪んないー!」

ドMだ……。
まあ、俺も、今、美羽莉の腰に引っかかっている鞭でぶっちゃけ叩きつけられたいと思ってしまったけど。

「君がメイド服なんか着たらメチャクチャ萌えるよ~! もちろん絶対領域も忘れずに! ハァハァ……どうせならくノ一のコスプレとか、団子屋にいるお嬢さんでもいいなあ、巫女もいいかも~アホ毛いれて~!」

オタクだ……。
まあ、俺も、美羽莉のメイドコスは見てみたいと思ってる。「いらっしゃいませ、ご主人様」とか言われたい。

「俺はメイドより、ナースのほうが好みだ」

またオタクだ。
……って。

「浩也――! なんでそっち側にいるんだよお前――!」

なんと、さっきまで俺の隣にいた浩也が、額に「美羽莉☆萌」と書いてある鉢巻を巻いて集団の中に埋まっていた。

「ああ、すまん。部下共に生の美羽莉を見せてやりたくて、お前達をつい裏切ってしまった」

いや……裏切ったとか、そこまでしてないけどさ。

「美羽莉のファンクラブを作ったのは、俺だぞ?」
「そうなのかああああ! 最低じゃねぇかテメェ! 恥を知れ! 身の程を知れ!」

俺が浩也を罵倒していると、美羽莉が、「……和也、私を庇ってくれてるのね」と、ときめいていた。

「友人の俺に黙ってこんなことをやってたなんて! なんで俺も誘ってくれなかったんだー!」
「期待した私が馬鹿だったわ!」

そう言って、俺は美羽莉に殴られた。

「お前等、よく聞け。ナースってのはなあ、メイドや巫女などに比べらたら、よっぽど情熱的な萌えなんだぞ。低レベルなメイドなどと比べられては困る」
「そ……それは何故ですか浩也先輩!?」

後輩だった。
部下のほとんどが後輩だった。

「それはだなあ――」

浩也が、鼻を伸ばして説明を始める。

「患者を優しく看護してくれるのがナースだろ? 「はーい。審査の時間でーす」と、爽やかなスマイルで体温を計ってもらえる。「はい、あーん」とご飯も食べさせてくれる。トイレにだって一緒に付いてきてくれる。メイドや巫女は、そんな安いことさえしてくれないだろう?」

阿呆だ。正真正銘の阿呆だ、こいつ。
隠れオタクなのは知ってたし、それについて熱く語り合った仲だが、ここまでのマニアックだったとは。
いや、妄想はいいんだ。妄想は。妄想ってのは自由にやっていいことだし、妄想の中で全てを終わらせるくらいなら、別に犯罪でもないのだから。

「い……言われてみれば……」
「浩也先輩すげー!」
「うおー! 浩也先輩最高!」
「尊敬しまっせ!」

浩也の裏の人格に、驚嘆も絶望も喚きもできなかった美羽莉。

「ちなみに俺は、退院する日にナースを束縛して今まで世話になったベッドでその女をやりたい放題にして犯すのが夢だ」

“看病してくれたお礼に、気持ちよくさせてあげる”という浩也の密かな夢。
相変わらずのドSだ。こいつも、とんでもねえ変態に化しちまいやがった。
俺が汗を流している間、浩也の妄想の中のナースというのが自分だと考えるだけで、おぞましく感じた美羽莉の頭の中で、何かが切れそうだった。

「何言ってるんだ浩也! ナースは確かに萌えるが、美羽莉ちゃんは美羽莉ちゃんのままでも萌えるんだぞ!」

……厭きれた。
あんぐりと口を開けて、集団の中にいた、予想外の人物が顔を出した。

「そこで何やってんですか先生――!?」
「あ、和也くん。どう? 美羽莉ちゃんを隠し撮りした写真――いる?」

保健室の先生だった。
何故、先生までもが。
先生がポケットから30枚ほどの写真を取り出すと、浩也が、「うぉぉぉおスゲェェ!」と、興奮して、先生の写真を取り上げてしまった。

「ちょっ……先生まで! 冗談じゃないですよ、失望しましたよ!」

つか、先生がこんなことして、これが犯罪なんじゃないのか!?

「お前等の食事に下剤たっぷり仕込んでやるトイレに24時間閉じこもって腹壊してケツ割れて死ね!」

美羽莉の怒りはピークに達した。
もう既に人間のケツは割れてる、と突っ込んでやりたかったが、今、あまり美羽莉をイジってしまうと、返って危険な目に遭いそうなので、黙っていた。
とうとう崩れてしまった美羽莉をなんとか押さえようとしたが、今の本人に手を出すと、こちらも命を落とすかもしれない。
ところが、意外にも、彼女の暴走を止めたのが、あの先生だった。
はっきり言って、この学園の保険医は地味な親父顔。顔は濃いし、慌しくてドジで情けない。
そんな先生が――。

「いやだなあ、死ねだなんて――」

と、言いながら、掛けていた眼鏡に手をかざす。
……まさか、とは思ったが、そのまさかのよう。

「可愛い女の子がそんなこと言っちゃ……ダメだぞ?」

その素顔を、生まれて初めて、美羽莉に見せたのだ。
いや、俺も見ちゃったけどね。

「貴様ぁ! 美羽莉はそんな親父顔にゃ騙されないぞ!」

俺は先生に事実を伝えたが、当の本人は――。

「やん! 超イケメン」

と、目を輝かせながら見惚れていた。

「うおおおおい! 正気か美羽莉!」

親父顔が嫌いだってのは嘘だったのか!?
俺が突っ込んでやると、美羽莉はハッと我に返った。

「ママッマッママズイ! ヤバイヤバイ! 先生の眼鏡の下があんな格好いいだなんて思ってなかったから、かなりトキめいちゃったああああ!」

そう嘆きながら、頭をガンガンと地面にぶつける美羽莉。

「先生! 素顔で美羽莉を落とすのはやめて下さいと言ったでしょう! 先生のイケメン顔は凶器なんですから!」

と、聞き覚えのある声に、俺たちは顔を上げた。

「って、父さん何やってんのぉぉぉおおお!?」

思わず絶叫してしまう程、信じられない人が集団に混じっていた。
集団の中から、美羽莉の父親が姿を現した。
俺と美羽莉は、二人同時に声を合わせて異口同音。
ウッソだろ……まさか、美羽莉の父親がこんなことをしてるとは。
色々と突っ込みどころがあるが、何処から突っ込んでいいのか分からない。
――父さん、何をしてるんですか!?
――なんで美羽莉のファンクラブになんか!?
――保険の先生と交流あったんですか!?
非常事態だ。
いくらなんでも、実の親がこんなことなんて、有り得ないだろ。お前、美羽莉の父親だろ。何やってんだよ。つか、最近、多忙で家にいないって美羽莉から聞いてたんだけど、多忙ってこのこと? このことなのか?

「父さん! 何やってんだよ!」
「君に“お父さん”と呼ばれる謂れはない!」
「小さい頃からずっとそう呼んでんじゃねーか!」
「お前が小さい頃から、いい迷惑だったよ」
「俺、嫌われてた!? 何その今明かされる悲しい事実!?」

美羽莉の父親は、俺の第二の父親だから、タメ口で効いてるし、何でも言える仲である。
その本人の娘はというと、一旦上げた顔を、再びうつむかせ、地面で肩を震わせていた。

「実の娘がこんな気持ち悪いファンクラブに引いてるんだぞ! 何やってんだよ! 娘が可愛くないのか!?」
「実の娘が可愛いからこそ、ファンクラブに入っているんじゃないか」

……まあ、論理的には間違ってはいないけど。けど、いくらなんでも、これはオーバーでしょーよ、父さん。
俺は何だか、この短い時間で色々あったせいで、疲れ果ててしまい、脱力してしまった。
だが、ここで。
美羽莉が動き出した。
「フフフ……」と、気味悪い笑みを零し、ゆっくりと起き上がる。ゆらり、と、まるでゾンビの足踏みで。「ところで、ファンの皆さん……」キレた! とうとう美羽莉がキレちまいやがった!

「私のどこか好きなんですか? 詳しく聞かせてください!」

あ、あれ……? 美羽莉……?
なんか、キャラが急に変わったぞ?

「そのキューティクルなスマイル!」
「愛くるしいしぐさ!」
「大げさなリアクションが面白い!」
「全部!」

腰にぐっとくる爽やかスマイルで問うてくると、先生や父親を含め、集団が盛り上がった。
それに容赦なく反応する美羽莉。「や~ん、嬉しいです~」と、美羽莉が頬を染め、顔を手で包みこんだ。

「うおおお!! 美羽莉ちゃ~ん!!」

なんちゅう……連中だ。
俺も、美羽莉のことは好きだが、コイツらを見てるとマジで怖ぇ……。
色んな意味で、コイツ等の気持ちは分かるが……病気だな。重症だ。
まさか、この時点で美羽莉も狂ったのか!?
よくある話。“私は男にモテる”という自覚が生まれると、誰だってその人気を保つか、あるいは今以上にモテたいという懇願が生まれる。
俺はてっきり、美羽莉の秘密兵器が出るのかと思ったんだが……とうとう美羽莉も新しい扉を開いたか。
その美羽莉はというと、「じゃあ、私の好きなものは、何かわかりますかー?」と、新たな質問をしていた。
ファンクラブの野獣どもは、その質問に、「子供!」「小動物!」「料理!」「読書!」と答えた。
まるで、美羽莉の全てを知り尽くしているかのようで、これも恐ろしい。

「ご名答! じゃあ、私の嫌いなものは、何かわかりますかー?」

これには、ファンの名が廃れるほど、誰も何も答えなかった。
そりゃそうだ。どんなときでも笑顔で、屈託顔すら浮かべない女なのだから。

「じゃあ、教えてあげましょう! 知りたいですか~?」

美羽莉の新たな情報が手に入ると、意気込む奴等は、「うんうん! 知りたい知りたい!」と、身を乗り出した。

「それはあ――」

メンバー達は、ドキドキと心臓を鳴らす。
すべてが――スローモションのようだった。
美羽莉の表情から、笑みは消えずとも、そのドス黒い笑みから全体に広がる黒いオーラ。
足元から放ち、髪を激しく躍らせる程、黒くて恐い殺気。
学園全体を飲み込んでしまいそうな冷気に、俺まで怖気ついてしまうほどの強力なエネルギー。
まるでブラックホールのごとくだぜ。
美羽莉が笑顔を崩さず、「お前等みたいな薄気味悪い“美羽莉ちゃん可愛い★最高”気配を漂わせながら人の背中にぞろぞろとゴキブリの大群のようについて来るピンク色の布に“美羽莉ちゃん愛してる”“美羽莉ちゃん一生愛す”“美羽莉ちゃん最高”“ 美羽莉ちゃんラブ”と書いてそれだけじゃなくて旗や鉢巻を作る気色悪い顔で鼻息荒く涎を垂らしながら気持ち悪い妄想を膨らますそのキモ目線で私をジロジロとイヤらしく見るファンの奴らが――」と言い終えた末、四つのポーズを決めた。
「い」足を一歩踏む。
「ち」手と手の間に何かを包むように両手に距離を置きながら構える。
「ば」そのままの形で180度回し、更に後ろへ持っていく。
「ん」ぐっと身を構えた。

 

「大ッッッッッ嫌いなんだよぉおおおおおおおッッッッ!!!」

 

「波――!!」と、巨大地球儀のようなかめはめ波を繰り出し、ファン達をピンのように弾き飛ばした。
チュドーンと音を立てた学園内で騒乱が起こっているのにも関わらず、俺はエレガンスなティータイムを取っている。
更に元気玉を披露した美羽莉は、「ピンクだって嫌いなんじゃボォゲェェェェエエ!!」と、ファンクラブをメチャメチャに。

「最後に一つ教えてあげるわ! 私の特技を!」
「ひぃぃっ!!」

両目をギラッと輝かせながら、体から怒りのオーラが溢れ出ている美羽莉がファンに対して120%の力を練りだし、130%怒りを剥き出しにし、100度以上の炎を体に点け、金具を握り締めながら猛スピードで走ってくる。
先生や父親がいるからといって、美羽莉の知ったことではなかった。

「撲殺だああああああ!!」
「きゃあああああ!!」
「か弱い女の声を上げんじゃねぇぇぇええ!!」

恐ろしい。
末恐ろしいぜ、美羽莉。
お前は、本当に女か?
その前に、人間か?
この時から、俺は、美羽莉のことを本気で怒らせてはいけないな、と判断した。
自分で淹れた紅茶は、とても甘かったけれど、視線の向こうのグループに、苦い思い出を作らせてしまったものだ。
けれど、このままでは終わらない。
俺は、必ず、美羽莉をエロスの快感へと導くのだ。
荒らしい戦場が繰り広げられた後、美羽莉は、「ふ~っ、ふ~っ」と、深呼吸をしているのか、怒りで息継ぎがままならないのか、肩を上下させながら汗を拭った。
俺はそんな美羽莉のスカートを、なんの躊躇もなく捲った。

「ふえあああ! てめっ、どさくさに紛れて何を――!」
「どーせ今日の柄は既に見られてんだから、何も恥ずかしがることないだろ」
「そういう問題じゃないわ!」
「あだっ!」

時に優しく。
時に戯けて。
それが、俺の遣り方。
美羽莉に殴られて。
美羽莉に叱られて。
これが、俺達、幼馴染のリズム。

「ところで、この間、学校の近くで美味しいケーキ屋さんを見つけたんだけど――行く? 甘いもの、好きでしょ?」

そう言って俺は、美羽莉の腰に腕を回して、デートに誘ってみた。
美羽莉が俺の魅力に気付いてくれるのは、当分、先の話になりそうだけど。

「……いい加減にしてよね。ズルイのよ、アンタは」

俺の魅惑って、そもそも何なんだって思った人には、まだ内緒。